昨日のつづき
義母だけでなく義父も難しい人だった。同居してすぐ義母に

と言われた。義母はおそらく『若い人の世帯なんだから年寄りは譲ってご隠居生活します』という意味で言ったのだろう。私も高校生から家族分の食事の支度もしていたし、掃除洗濯も出来るから大丈夫と思っていたのだが義父は



干物や刺身、冷奴など焼いただけ切っただけの食事以外、私が作ったものに全く手をつけないどころか箸すら持たなかった。
困って365日の献立の本を買ってレシピを見ながら作っても一貫して手をつけず、食後に饅頭を食べ続ける生活100日目…





と私から義母にお願いして義父母達の分は義母に作ってもらうことにした。義父は私の味付けが好みではなかったのだろう。だったら味のアドバイスとかしてくれれば歩み寄れたのにそういうことも一切なく箸をつけずに立ち去っていた…。
義母が私にご隠居生活宣言をした時、義父母の中で意見が違ってたのなら義父母の中で解決してほしかった…。義父が義母に対して無言の抗議を100日以上続けたが義母は私が頭を下げるまでその生活を続けた。
義父は毎晩、晩酌をする人だった。そして最後に普通の食事をして、食後一服する生活。パパが夜勤の日や残業で帰りが遅い日の3人の食卓の義父の酒の肴は毎回
嫁イビリ




と義父母は根拠のないこと、勝手な決めつけで私をイビってくる。許せなかったのは私のことだけではなく両親のことも勝手な決めつけで悪く言うこと。私の両親は戦後生まれといっても終戦間もない頃、戦後何もない時代、片親で大変苦労して育ってきた。何不自由なく暮らせるほど楽になる前の世代…。
義父母と今後、同居していく上で言って良いこと悪いことがある。ここでしっかり私の意見を言っておかないと今後更に悪化すると思い

とハッキリ伝えたが…


生意気と取られ、義父母との関係は更に悪化。
それでもまぁ…地球と土星くらい🪐(笑)
王子が生まれるまでパパは子供をもつことに消極的だった。が、子供が出来ないのは女が悪いと思っている年代の人々…。義両親だけでなく実両親からもどうなってるのか聞かれる数年間、パパを庇うのがしんどかった…。(もちろん王子が生まれてからは…いや…ある程度大きくなってからだけど…私以上に優しく可愛がってくれてるけどね…)
義父母の嫁イビリをパパに相談しようとも思ったが、私は今、自分の親の悪口を言われてとても嫌な気持ちになっているのにそれと同じ思いをパパにさせたくないし、実の両親に話せば絶対に味方になってくれただろうけど、自分のせいで家同士の関係が壊れたらと思うと誰にも話せず晩酌の時だけのこと、酔っ払うとタチの悪いジジイだと思って我慢した。
当時を思い出すとしんど〜〜い💦でももうちょい愚痴りたいから明日につづきま〜す🖐️