続・紙おむつやめます

布パンツに吸水ナプキンにしてくれたおかげで義母が自分でつけ外し出来て義母もかぶれや痒みの心配がなくなったし、私は汚物のオムツ交換をしなくて済んだんだから楽になったんだ…と自分に言い聞かせながらパジャマ、パンツ、シーツを洗う日々。

義姉が週2回手伝いに来てくれていたが、

実の子供達に汚れ物を触らせたくないのだという。なので、仕事の日は大変だった。幸いにも王子がお弁当不要期間中だったので、お弁当の日と変わらず5:00起きで済んでいたけど、お弁当持ちだったら4:30でも仕事に間に合わなかったと思う。

介護って…なんでこんなにもツラいんだ。王子が赤ちゃんの時、布おむつだったけど、20枚近く、同じように予洗い→つけおき→洗濯→アイロンって毎日やってても苦労とは思わなかった。むしろ青空の下、ゆらめく洗濯に爽快とさえ感じていたのに。

育児には、夢がある、希望がある。この子の将来が楽しみで、キューキューしか言えない月齢だけどこちらが声をかけると反応が嬉しくて頑張れた。

介護は介護する側される側のこれまでの気持ちの積み重ねだと思う。

同居を始めた頃から、義父は私の作った食事には箸も持たなかった。心当たりの無いことでいきなり大声で怒鳴られることもしばしば。義母も昔から言葉のチョイスがおかしく、検索したら「ひとでなし→まる子のこと」と自分の名前が出るのでは?と思うほど『ひとでなし』『ろくでなし』と言われてきた。

それが積もり積もって、私の心を蝕んで、王子が1歳の頃、心の風邪をひいてしまって…そのころの王子の写真もない。王子の成長の記憶もあやふや…

心の風邪を克服以降、対処法を身につけた。相手はそうそう変わらない。そう割り切って関わらないように生活してきた。けど、年を追うごとに義父母は自由に動けなくなり、特に義父が亡くなると義母との関わりが増えてくるにつれ女王の本性が否応なしに見えてくる。どんどん受け入れられなくなってくるけどやるしかない。関わらないわけにはいかない状況。

女王の呪いの言葉に縛られて、『何でこんな奴のために‼︎』という気持ちと『私がやるしか無いんだ。私以外の人にこんな思いさせちゃダメだ』の気持ちがぶつかり合って徐々に徐々に身体も心も蝕まれていることにこの頃の私は気づいていなかった。

もし、義両親との関係が良かったら、感謝の気持ちで介護が出来たんだろうけど、未熟な私はこの状況を『仕方ないからやっている』。だからツラいんだ。誰にも相談出来ない、苦しい。ツラい。どうしよう…あの時と同じ感じになってきてる…

布パンツに吸水ナプキンにしてくれたおかげで義母が自分でつけ外し出来て義母もかぶれや痒みの心配がなくなったし、私は汚物のオムツ交換をしなくて済んだんだから楽になったんだ…と自分に言い聞かせながらパジャマ、パンツ、シーツを洗う日々。

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