義母の夕飯の食器を下げに行った時のこと…

まではしっかりと覚えているのだが…そこから40分近く話を聞いていたのだけれど私の体調が思わしくないこともあり記憶が途切れ途切れ…義母が話していた内容も途切れ途切れ…

なので自分が話した内容は覚えているので覚えているところをかいつまんでいくと…
最近、義母の足のむくみが酷くなっていて、私の中で膝より上までむくみが上がってきたら次回受診を待たずに病院に連れて行こうと思っている。そして今、まさに膝のすぐ下まで腫れていて足が非常に重そうなこと、先日の体重増加も気になっていた。
そして、先日の予防接種を受ける話で義母は循環器内科の病院を希望しているので

と持ちかけた。すると

と私の提案に賛成したのかと思ったのだが

と聞いてもいない色んな話を話し始め、

再び話題がそれてアチコチ飛び散って私の思考は停止。気づいたら…


葬式の話になっていた。


最期の迎え方にもよるけど、義父の場合は救急車で運ばれ延命措置を取って気道切開して人工呼吸器をつけたり、腹水も溜まっていておしっこも自力では出せない状態だった。もし義母が同じ状態だったら義母の性格上24時間付きっきりで寝ずの番をすることになるだろう。なので義母がどんなに願っても私は家に連れて帰ろうって思えない…。 まぁ…決めるのは実子だし、連れて帰るというなら実子たちで24時間みてくださいってなるだろう。
私が義父に対して心残りなのは義父が救急車で運ばれ、救命センターの人に言われた言葉だ。義父は食道がんの術後の傷が癒着を起こし、腸捻転を起こして亡くなった。救命センターの人に

と聞かれて何も分からなかったこと。義父は救急車に運ばれる1ヶ月ほど前から酷い便秘だった。病院嫌いの義父に市販の便秘薬や整腸薬を頼まれ買いに行っていたが良くならず、近所の病院を受診したが『ただの便秘』と言われ、処方された便秘薬と整腸薬を飲んでいたが改善せず、夜中に救急車を呼ぶことになった。
私は例の如く義父に関して『家族じゃないから』という理由で病院の送迎と荷物運びのみで病院内の付き添いはしていなかった。そして付き添った家族達にも救急センターの人が確認していたが、誰も聞いた記憶がないとのこと。
私はメモ魔。その年に登録販売者の資格を取得したので、義父にもっと強く受診を勧めていたら…。もっとお医者さんにも質問しただろうし、義父の変調に気づいてあげられたかもしれない。自分でも義父の病気のことをもっと勉強していたら…それが私にとって心残りだったので義母が入院や手術をすることになればその病気についてとことん調べて、分からないことはメモをしておいてお医者さんに質問するようになった。
しかししかし、死後の話や延命措置…そんなのはパパと話してって感じで、今私が最も知りたいのは

予防接種をどうするかってこと…。

それさえ分かれば私はここに居なくていいので部屋を出た。
が、翌朝。

確かにパンパンだったのが引いている。



早く受けないと流行期に入っちゃうけどーー💦まぁ、本人がいいならいいけどね(笑)