私は玄米茶が好き。子供の頃からずっと飲んでいる。

見た目も可愛いし、飲んだ時の香ばしい香りとまろやかさもあり食事にも普段飲みにも何にでも合うと思っている。
子供の頃、近所にお茶屋さんがあり、玄米茶を量り売りしてもらっていた。

お茶っ葉を見るのも好きで、急須にお茶っ葉を入れる時に玄米だけでなくポップコーンみたいなものも入っていて

お店には色んな種類のお茶があり、家の茶筒で見るよりもお店で見る方がそのポップコーンが映えて更に可愛く思えた。そしてずらっと並んだお茶の中でもうちで飲んでいるものがまぁまぁお高いものだったと知り、
贅沢なものをいただいているんだなぁ〜
とますます玄米茶を愛おしく大事にいただくようになった。玄米茶好きは結婚してからも続いていたが、お茶屋さんがなくティーパックの玄米茶になった。
今朝


とあの頃から変わらず愛飲しているティーパックの玄米茶を何個か渡した。その時、ふと同居して間もない頃の記憶が蘇ってきた…。
まだ義父が存命だった頃、義母に


と言われ、食後に玄米茶を用意したら




と言われて凍った。そして煎茶を切らした張本人の義母は私をフォローすることもなく

と言ってきた。
なぜ、お茶出す前に言わない?なぜ、お義父さんと一緒になって言う?

なんか…うちの親ごと馬鹿にされたようで、私の思い出も全部馬鹿にされたようですごくすごく気分が悪かった。
しばらくして義母が来て

20年前から変わってない私のお気に入りティーパックの玄米茶を美味しいと調子のいいことを言っている。
今思うと義母は『超亭主関白』だったのかもしれない。でも、自分たちの部屋の掃除機や布団干し、風呂掃除など食事以外の家事は義父がやっていた。義父も神経質だったので気になるところは自分でやらないと気が済まなかったのかもしれない。だからあの時、義父に合わせたのかもしれない…。だったらその後、裏にきた時にでも私に「さっきはごめんね」みたいなことを言いそうなものだが、フォローは一切無かったからあれも義母の本心なのだろう…


とご満悦…しかし私の心はモヤモヤモヤモヤ

玄米茶は私の楽しい思い出が詰まった大切な飲み物だったのに、義母が玄米茶の話題を出すたびにあの日の義父母の言葉を思い出すようになってしまった。
私は自分の本心とか感情を直接ぶつけるのが苦手。相手のこと、今後のことたくさん考えてしまって『自分が我慢すれば穏便に済ませられる』と、直接言えないことが多く、溜まりに溜まった感情が時々噴き出して爆発したり、倒れたりしてきた。
同居後もパパのことを思うと義父母のことを悪く言うのは可哀想と思って、私が心の風邪を引くまではずっと言えなかった。だからお便器に私の気持ちと一緒にドロドロした感情を一緒に吐き出してたつもりだったけど、こうやって義父が亡くなった今でも何かの拍子に思い出す。
ただ、昔と違うのは『私にはブログがある』言えなくても書ける、ほとんどが私のことを全然知らない人だから聞いてもらえる…そんな場所になっている。そしていい子いい子してもらっているからちょっと回復できている。私にブログを始める勇気がなかったら…どうなってたんだろう…その勇気を持てた自分を最高に褒めてあげたいと思う。

好きな飲み物だからこそ記憶を書き換えたい。またお茶屋さん探してあの頃の気持ちを思い出そうかな…
ごめんなさい、ネガティブなことばかり並べて…